【3大ギタリスト】あらためて押さえておきたい新旧「三大ギタリスト」とは?

三大ギタリストとは?

「3大ギタリスト」とは日本独自の呼び方で、エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジの3者を指します。もとは日本のレコード会社ワーナー・パイオニア(現ワーナーミュージック・ジャパン)がセールスの為に作ったキャッチフレーズです。3者ともヤードバーズというバンドの出身という共通点もあります。

元祖3大ギタリスト

エリック・クラプトン

Eric Clapton

1945年イギリス生まれ。63年にヤードバーズに加入。66年にジャック・ブルース(Ba)、ジンジャー・ベイカー(Drs)とクリームを結成。69年にはスティーヴ・ウィンウッドらとブラインド・フェイスを結成。70年に初のソロ・アルバム制作をはさみ、続いてデレク&ザ・ドミノスを結成し、歴史的名盤『レイラ』を発表しました。

1974年、アルバム『461 オーシャン・ブールヴァード』を発表。ボブ・マーリーの「アイ・ショット・ザ・シェリフ」をカバーして全米1位を獲得。

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1989年のアルバム『ジャーニーマン』収録の「バッド・ラヴ」によって、個人として初のグラミー賞を獲得。92年、息子を失った悲しみから立ち直る過程で書かれた「ティアーズ・イン・ヘヴン」を映画『ラッシュ』のサウンドトラックとして発表。この曲を含めて新旧の代表的作品を演奏した『MTVアンプラグド』がアルバム化され、驚異的なヒットを記録し、6つのグラミーを獲得しました。1997年には、「チェンジ・ザ・ワールド」が世界的ヒット。第39回グラミー賞で年間最優秀レコードに選ばれます。1999年、ベスト・アルバム『Best Of』を発表し、日本でもミリオン・ヒットを記録。2000年以降も精力的に活動を続けています。

 

ジェフ・ベック

Jeff Beck

1944年イギリス生まれ。1965年にエリック・クラプトンの後釜としてヤードバーズに参加。バンド脱退後1967年にロッド・スチュアートらと共にジェフ・ベック・グループを結成。その後B.B.A.(ベック・ボガード&アピス)を経て、1975年からソロとして活動。ギター・インスト・アルバムの名作『Blow By Blow』や『Wired』を発表。その卓越したテクニックにより表現の幅を広げていき、数多くのギタリスト達に影響を与え、ロック・ギターの革新者としての孤高の存在となりました。

グラミー賞に17回ノミネート、1985年『フラッシュ』収録「エスケイプ」で最優秀ロック・インストゥルメンタル賞を受賞したのを皮切りに計8回受賞。ロックの殿堂は1992年にヤードバーズのメンバーとして、2009年にソロで再び殿堂入りを果たしました。2023年1月10日急逝(享年78歳)。

ちなみに、ミューズ音楽院では2014年に公開講座でジェフ・ベックの名盤『Wired』をレコーディングしたエンジニアのJohn Arrias氏のトークライブを開催したことがあります。その時にJohn Arriasさんが語ってくれたジェフ・ベックにまつわるエピソードをご紹介します!

ジョージ・マーティン(註:ビートルズのほぼ全作品に関わった「5人目のビートルズ」とも言われるイギリスの著名なプロデューサー)が「ギターを録音するけど手が空いてるか」というので「もちろんですよ!」と答えると、やってきたのはジェフ・ベックでした。

私は、彼がどういうふうにプレイしているか、なめるように見ました。リズムセクションを録音したあと、彼は皆を帰し、アンプにマイクが立つとスタジオの中ではなくて、コントロール・ルームの中でギターを弾きました。

ジョージはなにも言いませんでした。彼の哲学として、アーティストがやりたいようにさせる、どのようにアーティストに呼吸をさせるかを、私はジョージ・マーティンから学びました。ミュージシャンは、みんな準備してスタジオにくる。そんな人にエンジニアがなにを言えるでしょうか?

ジェフ・ベックの音は、まったくのノーEQで、なんにもしていません。すごい音が出てきたんです。「すごいね、どうやって録音したんだ?」と言われるけど、私はなにもしていないんです。


ジミー・ペイジ

Jimmy Page

1944年イギリス生まれ。1966年にヤードバーズにベーシストとして加入するが後にギターに転向。その後1968年にロバート・プラント(Vo)、ジョン・ボーナム(Drs)、ジョン・ポール・ジョーンズ(Ba)らとレッド・ツェッペリンを結成します。

1969年のデビュー作『レッド・ツェッペリン I』は、複数の国でトップ10を記録し、2ndアルバムの『レッド・ツェッペリン II』(1969)は最初の全米No.1アルバムとなりました。1970年に『レッド・ツェッペリン III』、翌1971年には『レッド・ツェッペリン IV』をリリース。このアルバムは、3700万枚の売り上げを記録し、歴史上最も売れたアルバムのひとつとなりました。

その後アルバム『聖なる館』(1973)、『フィジカル・グラフィティ』(1975)、『プレゼンス』(1976)、『イン・スルー・ジ・アウト・ドア』(1979)を発表。1980年のドラムのジョン・ボーナムの死後に解散。

全世界で3億枚以上のアルバムを売り上げ、音楽シーンの中で、もっとも影響力があり革新的で成功したロック・バンドのひとつと言えるでしょう。1995年には「ロックの殿堂」入りを果たし、2005年には「グラミー賞・生涯業績賞」を受賞。2012年にはアメリカの文化の生涯にわたる貢献に対して「ケネディ・センター名誉賞」を受賞しています。

5大ギタリストとも言う?!

これらの3人にジミ・ヘンドリックスとリッチー・ブラックモアを加えて「5大ギタリスト」と括ることもあるようです。せっかくですのでこちらもご紹介!

ジミ・ヘンドリックス

Jimi Hendrix

1942年アメリカ生まれ。1966年にロンドンへと渡り、ノエル・レディング(b)、 ミッチ・ミッチェル(dr)とジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスを結成。 ジミヘンの愛称で親しまれています。

デビュー・シングル「ヘイ・ジョー」が全英6位を記録。1967年の『アー・ユー・エクスペリエンスト?』は最高2位を記録します。アメリカに凱旋帰国し、モンタレー・ポップ・フェスティバルに出演。ギタープレイ自体は凄さはもちろんのこと、ギターに火をつけるというパフォーマンスが衝撃を与えました。

その後『アクシス:ボールド・アズ・ラヴ』、『エレクトリック・レディランド』(全米1位)を発表。1969年ウッドストック・フェスティバルではトリを務め、伝説的なライヴを残しましたが、続く1970年のワイト島フェスティバルに参加後、27歳の若さで亡くなってしまいます。ギター表現の可能性を大いに拡大させた彼のプレイは、世代を越えて数多くのアーティストに影響を与え続けています。

リッチー・ブラックモア

Ritchie Blackmore

1949年イギリス生まれ。下積み時代を経て1967年からディープ・パープルのギタリストとして活躍。『ハイウェイ・スター』『スモーク・オン・ザ・ウォーター』『ブラック・ナイト』『紫の炎』『スピード・キング』などヒット曲を連発し、アルバムセールスは累計で1億枚を超えます。2016年には「ロックの殿堂」入りしました。クラシックの要素を取り入れたそのスタイルはロックの表現の幅を大きく広げました。ディープ・パープル以外(脱退後)にはレインボーやブラックモアズ・ナイトとしても活躍しました。

新3大ギタリスト

最近では「新3大ギタリスト」としてジョン・フルシアンテ、ジョン・メイヤー、デレク・トラックスの3人が挙げられることがあります。これは2007年にアメリカの『ローリング・ストーン』誌がこの3人を「New Guitar Gods」と紹介し、2009年には日本のリットー・ミュージック社の『ギター・マガジン』が「現代の3大ギタリスト」と掲載したことに由来します。先述の3大ギタリストが全員イギリス人なのに対し、新3大ギタリストは全員アメリカ人になっているのも面白いところかもしれません。

ジョン・フルシアンテ

John Frusciante

1970年アメリカ生まれ。レッド・ホット・チリ・ペッパーズ(Red Hot Chili Peppers)のギタリストとして有名です。レッチリは現時点で全世界で8000万枚を超えるセールスを誇り、12回グラミー賞にノミネートされ、3つ受賞しています。

ジョン・フルシアンテは、1989年から加入し、アルバム『母乳』(1989)、『ブラッド・シュガー・セックス・マジック』(1991)、『カリフォルニケイション』(1999)、『バイ・ザ・ウェイ』(2002)、『スティディアム・アーケイディアム』(2006)でプレイしています。どれも評価の高い作品ばかりです。

ジョン・メイヤー

John Mayer

1977年アメリカ生まれ。2001年1stアルバム『ルーム・フォー・スクエア』が全米最高位8位にランクされ、「ユア・ボディ・イズ・ワンダーランド」で第45回グラミー賞最優秀男性ポップ・ヴォーカルを受賞。全世界で400万枚を超えるセールスを記録しています。

その後も第47回グラミー賞ではシングル「ドーターズ」で最優秀楽曲と最優秀男性ポップ・ヴォーカル・パフォーマンスを受賞。 第49回グラミー賞・最優秀男性ポップ・ヴォーカル・アルバムと「ウェイティング・オン・ザ・ワールド・トゥ・チェンジ」で最優秀男性ポップ・ヴォーカル・パフォーマンスの2部門受賞するなど、トップアーティストとしの地位を確立しています。

デレク・トラックス

Derek Trucks

1979年アメリカ生まれ。アメリカを代表するサザン・ブルース・ロック・バンド、ザ・オールマン・ブラザーズ・バンドのメンバーであり、ドラマーのブッチ・トラックスの甥でもあります。

天才的な切れ味鋭いスライド・ギターに加え、幅広い音楽性を取り込み、独自のスタイルを創り上げています。2006年にはエリック・クラプトンのワールド・ツアー・メンバーにも選出され注目を集めました。自身の活動としてはデレク・トラックス・バンドを経て、現在ではテデスキ・トラックス・バンドとして活躍しています。

参照

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