輸入食材屋さんカルディでかかっている曲って、軽快なリズムで買い物が楽しくなりますよね。
これらは「サルサ」というラテン音楽の1つで、世界中で人気のスペイン語によるダンスミュージックなんです。
そこで、サルサに20年間どっぷりハマってDJもしていた選者が、六本木のダンスフロアを熱狂させた1990年代から2010年代までの人気アーティストやサルサのヒット曲を責任を持ってご紹介していきます。
(キューバもボリュームいっぱいなので、別項を準備中です)
コロナビール片手に踊りましょう!
踊りやすいサルサのヒット曲と人気ラテン歌手
La India, Marc Anthony / Vivir Lo Noestro
インディア、マーク・アンソニー『ビビール・ラ・ノエストロ』 1994年
ともにプエルトリコがルーツで、クラブ系から転向して成功を収めていた2人のハーモニーが美しいラブソング。ものすごい声量の化学反応となっております。
インディアは、ハウスの傑作ニューヨリカン・ソウル『ランナウェイ』(Nuyorican Soul / Runaway, 1996年)でフィーチャーされているので、そちらの知名度が日本では高いかもしれません。
Johnny Rivera, Ray Sepúlveda / No Vale La Pena
ジョニー・リベラ、レイ・セプルベダ『ノー・バレ・ラペーニャ』 1994年
プエルトリコがルーツのおじさまデュエットです。人生の酸いも甘いも知る先輩方が「もう恋なんてしない」と哀愁たっぷりに掛け合う様は、聴いてよし踊ってよしなのです。
RMMレコード所属の人気アーティストたちによる、超豪華な名盤『コンビナシオン・ペルフェクタ』に収録。
DLG / La Quiero A Morir
ディーエルジー『ラ・キエロ・ア・モリール』 1997年
NYで結成された、プエルトリコ系3人組の代表曲。ハイトーンの歌声とラップを取り入れたミドルテンポの曲で大人気を博しました。『Juliana』や『No Morirá』などヒット曲が多数です。
ソロに活動を移したヒューイが『Con Canda Beso』などで成功しています。
Aïcha / Africando
アフリカンド『アイシャ』 1998年
NYの名ミュージシャンたちが、ルーツであるアフリカの歌手をゲストに迎えた夢プロジェクト「アフリカンド」。
アイシャという名の夜会の女王への恋心を歌っていて、どこか哀愁漂います。アルジェリア音楽ライの名曲カバー(Khaled / Aicha)のため、サルサでは珍しいフランス語歌詞です。
Jennifer Lopez & Marc Anthony / No Me Ames
ジェニファー・ロペス&マーク・アンソニー『ノ・メ・アメス』 1999年
若かりし日のラテン界のスーパースターによるデュエットのサルサ・ヴァージョン。「愛さないで」と言いつつ、永遠の愛を誓う歌詞です。2人ともプエルトリコ系で、売り出し中のジェニファーとサルサ界の帝王マークの共演とロマンスが話題に。別々の道を歩むことになりましたが、再共演して素晴らしいパフォーマンスを披露してくれました。
Son By Four / A Puro Dolor
ソン・バイ・フォー『ア・プロ・ドロール』 2000年
プエルトリコ出身の5人組。最愛の人との別れを嘆く純愛歌詞なのですが、爽やかなメロディと美しいハーモニーで、踊って心地いい曲です。
ビルボードのラテンシングルチャートで20週連続1位を記録しました。
Me Liberé / El Gran Combo
エル・グランコンボ『メ・リベレ』 2001年
プエルトリコで最も成功した偉大な大御所グループ。2012年に結成50周年を迎えました。
この曲は「君から解放された」喜びと自由を噛み締める歌詞です。一体どんな激しい恋だったのでしょうか。オールドスタイルの王道サルサで聞かせてくれます。
Tito Nieves / Fabricando Fantasias 2002年
ティト・ニエベス『ファブリカンド・ファンタシアス』 2002年
プエルトリコ出身の、サルサ・ロマンティカの重要人物。オペラ歌手のパバロッティのような、ガタイの良さから力強くて高い声。亡くした最愛の息子さんへ捧げる歌詞で、この曲のMVを見ると涙してしまいます。
『Te Vas』、『Ya No Queda Nada』など、ヒット曲多数。お得意フレーズは「ホイ!」。
Jerry Rivera / Mi Libertad
ジェリー・リベラ『ミ・リベルタ フィーチャリング・ボルティオ』 2003年
プエルトリコのアイドル系サルサ歌手。この曲はサルサ・ロマンティカの主要人物で同郷ルーツの英雄フランキー・ルイスへのトリビュートアルバムに収録され、ラテングラミー賞にノミネートされました。
代表曲『Amores Como El Nuestro』(1992年)のトランペットが印象的なイントロは、コロンビアの歌姫シャキーラとワイクリフ・ジョンの大ヒット曲『Hips Don’t Lie』(2006年)でサンプリングされています。
Marc Anthony / Valio La Pena
マーク・アンソニー『バリオ・ラ・ペーニャ』 2004年
1993年デビュー以来、NYサルサ界で最も売れ「サルサ界の帝王」と呼ばれるアーティストの代表曲。踊るには少し早いかもですが、ドラマティックな曲調です。この曲を収録した同名アルバムには『Tu Amor Me Hace Bien』や『Ahora Quien』など良曲が多数です。
Luis Enrique / Yo No Sé Mañana
ルイス・エンリケ『ヨ・ノ・セ・マニャナ』 2009年
ニカラグア出身の人気歌手がラテングラミー受賞した代表曲。優しい歌声と穏やかなメロディでフロアが盛り上がる曲ですが、実は「明日はどうなるかわからないよ」と煮え切らない男心を歌っているのです。
Victor Manuelle / Ella Lo Que Quiere Es Salsa ft. Voltio, Jowell & Randy
ビクトル・マヌエル『エジャ・ロ・ケ・キエレ・エス・サルサ』 2012年
プエルトリコを代表するサルサ歌手。この曲はレゲトン歌手を起用してサルサに都会っぽさを融合した「サルサトン」で、21枚目のビルボードトロピカルチャートの1位となりました。
『Volverás』や『No Hace Falta Nada』など、ちょっと湿っぽさがありつつ、後半に盛り上がる曲がグッと来ます。イケオジ系の男くさい容姿で、「エエーーエ!」の掛け声が特徴です。
ざっくりサルサとは
1960年代に発祥した、ラテン系ニューヨーカーたちによる音楽です。
キューバの音楽をベースに、プエルトリコ系の移民たちが発展させてきました。
キューバからの出稼ぎジャズミュージシャンたちが、ルーツ音楽であるソンなどにロックやR&Bを融合させたため、「サルサ」(スペイン語でソースという意味)と呼ばれるようになりました。
キューバ革命後はプエルトリコ系が担い手となり、ピアノやホーンが華やかなダンスミュージックとして中南米に逆輸入されて、5億人のスペイン語圏で百花繚乱の主流ジャンルとなりました。
担い手・聞き手の移民1世、2世、3世と代替わりに伴って、オールドスクール、サルサ・ロマンティカなどサブジャンルあり。流行った年代や国によるもので、 前者は演歌っぽく、後者は歌謡曲っぽいです。
男性ボーカルが多く、他の楽器に負けないよう高音域で歌うのが特徴です。サルセーロ(女性歌手はサルセーラ)と言います。
踊り方はペアダンスで、ON1(オンワン)、ON2(オンツー)、キューバンなどのスタイルがあります。
2000年代以降は、徐々に打ち込みクラブ系のレゲトン(スペイン語のダンスホール+ヒップホップ)に主役の座を取って代わられた感があります。
一方、革命後にアメリカと断交したキューバでは「サルサドゥーロ」から「ティンバ」(Timba)へ独自に発展、凄腕ミュージシャンが集まるオルケスタ(10人規模の生楽器で編成したバンド:ピアノ、バイオリン、ベース、ドラム、ティンバレス、コンガ、ボンゴ、クラーベ、マラカス、グイロ/ギロ、トランペット、トロンボーンなど)の生演奏は分厚い音圧で迫力があります。
ざっくりラテン音楽の年表
アメリカ
19世紀末 ハバネラ オペラ『カルメン』、アルゼンチンタンゴ、ダンソン
1920年代 ルンバ(ソン)『南京豆売り』
1940年代 マンボ(ペレス・プラード)、ベニー・モレー(キューバ)、ティト・プエンテ(NY)
1950年代 パチャンガ レイ・バレート(NY)、チャチャチャ(キューバ)
1959年 キューバ革命でアメリカとの国交
1960年代 ブーガルー(ラテンロックの元祖)、デスカルガ(キューバ風ジャムセッション)
1964年 ファニア・レーベル設立「サルサ」という言葉が誕生
1971年 ファニア・オールスターズのライブ、世界ツアー
1980年代 ウィリー・コロン、ルーベン・ブラデス(NY)
1990年代 ラテンポップ(グロリア・エステファン、リッキー・マーティン、ジェニファー・ロペス)、ラテンロック(サンタナ)
中南米
参照
読むラテン音楽 Música latina traducida : ラテン音楽の和訳を紹介するブログ
音楽レーベル
FANIA
ファニア
ニューヨークのラテン専門レーベル。ジャズにおけるブルーノートやR&Bにおけるモータウンのように、サルサのジャンルを象徴する存在。レイ・バレット、セリア・クルス、ウィリー・コローン、ルーベン・ブラデスら、1970年代に数々のスターを抱え、ヒットを連発しました。
RMM Records
アールエムエム・レコーズ
ニューヨークのラテン音楽レーベル。トニー・ベガ、ティト・プエンテ、オスカル・デレオン、エディ・パルミエリらが、サルサ、ラテンジャズ、メレンゲを制作し、1980-90年代に最も勢いがありました。日本を代表するバンド、オルケスタ・デラルスも録音しています。
Planet Records
プラネットレコーズ
イタリア発のラテン音楽レーベル。ルイス・エンリケ、プリンス・ロイス、ドン・オマールらを擁し、クラブ寄りに味付けしたサルサ、バチャータ、レゲトンをコンピレーション形式『Latino!』でプロモーション展開し、2000-10年代のラテン音楽シーンを牽引。特にアメリカと国交のない、キューバのアーティスト(ティンバやクバトン)を紹介する貴重な存在です。
関連リンク
都内の踊れるラテンバーにいけば、サルサやバチャータがノンストップでかかり、お酒や中南米料理も豊富で日本にいながらラテン気分を味わえます。
La Tropi Azabu
ラ・トロピ(西麻布)
色々な先生がダンスレッスンをしているラテンバー。 レッスンの後はおいしいモヒートを飲みながらサルサを楽しめるDJタイムに
080-3171-8615
〒106-0031 東京都港区西麻布1丁目3−6 六本木アゼリアビル 3F
El Cafe Latino
エルカフェ・ラティーノ(六本木)
サルサをはじめ最新のラテン音楽を楽しめるラテン系のバー。プロのダンサーによるダンスレッスンも毎日行われている
03-3402-8989
東京都港区六本木3-15-24 WIN六本木
https://tabelog.com/tokyo/A1307/A130701/13021099/
Bar Bodeguita
ボデギータ(下北沢)
キューバ料理と生演奏が楽しめる老舗レストラン
03-5432-9785
東京都世田谷区代沢5-6-14 前田ビル B1F
https://tabelog.com/tokyo/A1318/A131812/13140281/
関連プレイリスト
サルサ1990-2000年代
関連映画
Salsa!
サルサ! 1999年
ツッコミどころが多いフランスのラブコメなのですが、サルサ音楽もダンスも最高に楽しめる素敵な映画です。
また『ダンス・ウィズ・ミー 』(DANCE WITH ME, 1998年)や『ダンシング・ハバナ』(DIRTY DANCING: HAVANA NIGHTS, 2004年)もサルサ映画です。
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